「フィリグリー街の時計師」ー謎の日本人時計師と英国人電信技師が19世紀のロンドンを駆け巡る冒険譚 Natasha Pulley – The Watchmaker of Filigree Street

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疫病の怪しい流行の為、世界中で人々は家に閉じこもる事を強制されている。家畜が日々どんな氣持ちで畜舎に閉じ込められているかわかっただろうか。

また家に閉じこもる事から有料動画配信サイトの加入者が激増しているようだ。だけどもこんな時こそオレは読書をお勧めするよ。受け身の動画と違い、読書は脳の想像力を刺激するんだよ。ただ与えられた映像を見るだけなんて、それじゃますます人間が家畜化してゆくじゃないか。

ナターシャ・プーリーの「フィリグリー街の時計師」

今回オレが取り上げるのは、ナターシャ・プーリー Natasha Pulley(本来はプーリーじゃなくプリと発音するが、何故か日本語表記の場合プーリーになってしまった)の「フィリグリー街の時計師 The Watchmaker of Filigree Street」だ。多くの日本人はナターシャ・プーリーなんて作家の名前を聞いたことがないと思う。それもそのはず、彼女はまだ3冊しか本を書いていない新進作家だ。「フィリグリー街の時計師」は彼女のデビュー作で、2015年に出版された。ナターシャが27歳の時のことだ。

ナターシャについてちょっと解説すると、彼女はイングランドの中流階級の家庭に生まれ育った。オックスフォード大学で英文学を学び、イースト・アングリア大学院で創作の修士を取得する。そして2015年に作家としてデビューする。作家デビュー前に大和日英基金の奨学金を獲得し、日本で1年半の留学生活を送っている。その期間に「フィリグリー街の時計師」の大部分を書き上げたという。なぜ日本で留学生活を送ったのか、それはこの作品を読めば理解できると思う。この作品の重要な登場人物が日本人だということと、明治時代の日本の歴史がとても上手に作品に取り込まれている。

物語のあらまし

日本語版の表紙 これもっとどうにかならなかったのかなと残念に思う

物語の舞台は19世紀のロンドン。主人公のサニエル・ステープルトンは内務省の冴えない下級役人で、電信係として糊口をしのいでいる。その時代のロンドンは、アイルランド独立派「クラン・ナ・ゲール」が爆弾テロ闘争を起こしていた、非常に不安定な社会だった。

ある日サニエルは誰かが彼のアパートに侵入した痕跡を見つける。盗まれた物は何もなかったものの、その代わり謎の懐中時計のプレゼントが置かれていた。一体誰がこんなものを置いていったのであろうか? 

それから半年後、謎の懐中時計を胸に、彼はパブで一息つこうとした時、その懐中時計のアラームが突如作動する。大音響がパブに響き渡り、驚いた彼は店をとっさに飛び出す。その時スコットランドヤードを狙った時限爆弾が破裂する。時計のアラームで店を飛び出していなければ、彼は死んでいたかもしれない。サニエルはこの不思議な懐中時計によって命を救われたのだ。

だがこの時計の送り主は何故、半年も先の爆弾の破裂する時刻を知ることが出来たのか? サニエルはその時計に深い疑問を覚える。そして彼は時計に挟まっていたショップカードの住所を頼りに、時計師を尋ねることにした。時計の謎を解くために。

時計師に会うためにサニエルはフィリグリー街を尋ねる。探し当てた時計工房でサニエルが出会った時計師は、金髪の小柄な中年の日本人男性、毛利慶泰だった。その工房内も彼が作り出す魔法のような奇妙な工作物で溢れている。その中でもまるでAIで動作しているような、歯車とゼンマイで動作するタコのカツもいた。

サにエルは毛利の創作技術に驚きながらも疑問も感じる。何故毛利は時限爆弾の破裂する正確な時刻を知っていたのだろう?と。その事からサニエルは、毛利に対して疑惑を抱く。ひょっとして彼こそは、時限爆弾のタイマーを作った人物では無いかと。この怪しい日本人を監視しなくてはと云う思いから、サニエルは毛利宅の空き部屋に間借りすることになる。

そして親子ほど歳の違う、2人の男の奇妙な共同生活が始まる。そこから物語は予想もつかない展開を見せ始める。

19世紀末のロンドン。2人の男を中心に物語は展開していく。毛利は一体何者なのだろうか? 何のためにロンドンにひとり暮らしているのか? そしてサニエルは毛利が不思議な能力を持つ事に氣がつく。彼は未来を予知できるのではないか?

サニエルと貴族の令嬢グレイスの恋の行方、日本人貴族の留学生松本輝一等様々な人間が、サニエルと毛利の二人に関わって話が展開してゆく。そして人造タコのカツは何故靴下を盗んでは隠れるのか? 数々の謎がロンドンを舞台に湧いては消えてゆく。

物語はこの後どう進んでゆくのか、続きは本書を読んでのお楽しみ。なんとこの当時のロンドンには日本人村があって、決して少なくない日本人が住んでいたという歴史がある。そんなこともこの作品のモチーフになっている。

英語版はとにかく美しく豪華。表紙には穴が開いていて本文の時計の絵が見えるギミックが施されている。
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ナターシャの畳み掛けるような描写力

物語はサニエルの仕事場の紅茶の薫りから始まる。まるで目の前に紅茶のポッドが置かれ、カップから湯気が立っているのを目にするかのようなナターシャの描写力。物語の冒頭から彼女の描写力の切れ味が冴えまくる。各登場人物の行動描写は微に入り細に入り描き込まれ、まるでカメラが密着して彼らの動きを逐一追っているかのようだ。

新人作家のデビュー作だと云うのに、この冷静に描き込まれ、畳み込まれるような描写力に、読者は心をむんずとつかまれ、物語の世界に放り込まれてしまう。ナターシャの筆力には驚嘆するしかない。これはもう、生まれついた能力なんだと思う。

緩急自在のナターシャの描写力。冒頭のゆっくりと描き込まれた描写から物語は始まるが、筋が進むに従って物語のスピードはどんどんと増してゆく。そうしたナターシャの語り口にまんまと乗せられ、彼女の手のひらの上で弄ばれてしまう読者なのだ。気がつけば物語は急展開し、詳細に描き込まれていながら、とてもテンポよく各登場人物の行動を描写していく。とても新人作家の作品とは思えない出来栄えだ。

19世紀を舞台にした作品としては、30年ほど前にスチーム・パンクなる言葉でちょっとしたブームが起きたことがあった。実際のところどの作品もクズばかり。ウィリアム・ギブスンのディファレンス・エンジンですら、正直つまらない作品であった。もしナターシャがあの時代にこの作品を発表していたら、きっとスチーム・パンクの中心作家扱いになっていたろうとオレは思う。

日本語版はハーパー・コリンズ・ジャパンから翻訳が出ている。イギリス・アメリカではメジャー出版社なんだが、日本では全く知名度がない。装丁も地味で、日本のマーケットに適した宣伝が出来なかったんだろうと思う、この本が日本で話題になっているのをオレは全く目にしていない。ハヤカワか東京創元社から出版されていたら、きっと日本でもベストセラーになっていたと思うのだ。このことをオレはとても残念に思う。こんなワクワクする、面白い作品だと云うのに。彼女の二作目、三作目はぜひハヤカワや東京創元社のような老舗から出版されることを望む。せっかくの作品、多くの日本人の目に触れてほしいと思うのだ。

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ナターシャとの交流

実はナターシャと我が家は交流がある。この作品が出版される前年に、彼女は1ヶ月知床に滞在し、そのうち2週間は我が家にホームステイしている。2週間という短い間ではあったが、English womanというものがどういうものなのか、じっくりと観察させてもらった。彼女も日本人の一般家庭はどういうものなのか観察していたんだろうと思う(我が家が一般家庭と言えるのかよくわからないが)。

その観察で言えるのは、やはりイギリス人というのは保守的で頑固だなと言うことだ。絶対と言って良いんじゃないだろうか、自分の嗜好は変えない、妥協しない。例をあげるならナターシャは紅茶は飲まない。我が家には紅茶は常時種類豊富に揃えているのだが、彼女が飲むのはコンビニで売っているスタバのコーヒーだけ。

後日女房が上京した際にナターシャと紅茶専門店でお茶をした。その際もやはりコーヒーしか飲まなかったという。直接イギリス人に紅茶を入れてもらえる絶好の機会だと思っていたオレは、ちょっとがっかりながらもニンマリとしてしまった。そして絶対に味噌汁は飲まない。本人が語るには、朝食は必ずツナサンドなんだそうだ。毎日食べても飽きないとまで言った。これぞEnglishnessだとオレは思ったね。

彼女の生活はやはり半で押したように正確だった。午前中は日本語の勉強。午後は執筆活動。我が家の2階の机の上でもこの作品の一部が書かれたのだろう。我が家の古びた小さな机に向かい、銀色のMacBookAirに向かう彼女の姿が今でも脳裏に浮かんでくる。

時たまお茶の時間にナターシャは、この作品について私達に語ってくれた。そんな時は目をキラキラと輝かせて、サニエルや毛利の行動について熱く語る。その時点ではまだ私達は何も読んでいないと云うのに。その様子は、まるで10代の文学少女のようだった。

彼女は自作について語る。まるでサニエルが実在する人物であるかのように。まるでナターシャが実際に彼を観察していたかのように。作家にとって作品世界は、実際に存在しているものなんだと思う。それが脳内なのか、現実なのか、そんな事はどうでも良い。作家はその目で(実際の目の場合もあるだろうし、心の目の場合もあるだろう)見た世界を紙の上に記録しているだけなんだ。

なにはともあれ、この「長い春休み」の暇つぶしに、歴史的な遠い昔を舞台にした、想像力を縦横無尽に駆使したファンタジー冒険小説を読むことをオレは強くお勧めする。そして一時でも、この陰気な現実から逃避出来たとしたら、素晴らしいじゃないか。

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2作目のThe Bedlam StacksとThe lost future of Pepperharrowともに未訳

PS:フィリグリー街の時計師の続編が今年の3月に出版されている。サニエルと毛利の2人が今度は場所を東京に移し、何かをやらかすという話らしい。もちろんタコのカツも2人と一緒のようだ。タイトルは「The lost future of pepperharrow」。これまたとても美しい装丁。これから読むのが楽しみだ。

PPSS:タコのカツの性格設定が気になって仕方がない。そ~っと現れては靴下を盗み、ダッシュで逃げるという描写がある。これがオレには我が家の愛犬カーシャが、オレのスリッパを盗む仕草に重なって仕方がないのだ。実際にナターシャもそんな光景を我が家で見ているはずだ。そしてタコの名前はカツ。オレの名前もカツ。そのうち本人に直接聞いてみようとずーっと思っているのだが、何故か聞きそびれている。


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