変種第二号 フィリップ・K・ディック 今読んでもスリリングな短編集
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変種第二号 フィリップ・K・ディック短辺傑作選
フィリップ・K・ディック(以下フィルさん)の短編集については以前「時間飛行士へのささやかな贈物」の中のオートファクを取り上げた。現在この短編集は廃版になっていて、表題作は今は新しい6冊の短編集の方で読むことが出来る。表題作の「時間飛行士へのささやかな贈り物」もフィルさんの短編を代表するといっていい傑作なので是非目にして欲しいと思う。
今回はその5冊目の「変種第二号」について取り上げたいと思う。この短編集は主に戦争がモチーフとなった9作品が集められている。どれも戦争をテーマにした陰鬱な話が多いが、裏テーマとしては機械(人工生物)をあげることが出来ると思う。
収録作品は順に、「たそがれの朝食」「ゴールデン・マン」「安定社会」「戦利船」「火星潜入」「歴戦の勇士」「奉仕するもの」「ジョンの世界」「変種第二号」となっている。
どの作品も1940年代から1950年代初頭の間に書かれたもので、この当時のアメリカとソ連の冷戦、核戦争の恐怖が色濃く反映されている。なので読んでいて明るい気持ちになる作品は殆どない。そしてその根底に流れているのは、何が人間と非人間(アンドロイド、機械)なのかという、フィルさんの作品のとても重要なテーマが、もう既に最初期の作品の中にも流れているのに驚く。
ターミネーターの元ネタ
さて、何故この変種第二号について取り上げたかというと、これがターミネーターシリーズの元ネタじゃないかと思った事から記事を書いてみる気になった。以下あまりオチに触れてしまわないように、奥歯に物が挟まったように書いて行こうと思う。
まず「歴戦の勇士」という作品はタイムスリップもので、未来からやってきた敗残兵の物語だ。ある日老兵が現れ、これから起きる地球対地球外惑星連合軍との戦争について事細かに語る。このままでは戦争に負けてしまう地球側は、なんとか戦争回避、もしくは勝利を得ようと右往左往するという物語だ。そして結末は、、、、、。未来からやってきた兵士というのがキーワード。ターミネーターも未来からやってきたロボットだったね。
そしてお次はジョンの世界と変種第二号。この2つの作品は姉妹短編といえる作品だ。アメリカ対ソビエトの戦争は拡大し、核戦争の後ソビエトの勝利目前というところまで事態は進む。敗戦を目前にしたアメリカは最終兵器として、殺人ロボットを投入する。そのロボット(作品中ではクローと呼ばれる)の投入で事態は大逆転し、ソビエトは追いつめられる。
ところがロボットは、自らを改良して新種を作り出して、終いには人間なんかお構いなしにロボット対ロボットの対決になってしまうという世界が出現してしまう。ロボット対ロボット、これまたターミネーターでも描かれている世界だ。
さらに何がロボットで、何が人間なのか?登場人物たちが混乱する様など、とてもスリリングだ。いったい変種ロボットはいったい何種類あるんだ?
これまで私はターミネーターは永井豪の「黒の騎士」や「あばしり一家」が元ネタだとずーっと思っていた。たしかに映画にはあのマンガ作品に描かれたのとそっくり同じシーンが登場する。
だけれどもこの変種二号を読んだ後では、この作品こそターミネーターの元ネタの1つだと確信を持ってしまった。未来から送り込まれたロボット。機械が暴走し、見境なく人間を殺しまくる。そしてそれどころかロボット対ロボットの戦いにまで発展してしまう。変種第2号ではそうした殺人ロボットは人間に偽装している。
ちなみにこの変種第二号はスクリーマーズという題で映画化されていて、かなり原作に忠実な良い作品に仕上がっているという。そのうちみて見ようと思っている。
1940年代にはこの世界を描き切っていた
そんな正にターミネーターの荒廃した世界を、フィルさんは1940年代に描き切っていたのだ。これらの作品は別の短編集にも収録されていたので(新潮社の悪夢機械とか)、何十年も前に既に読んでいたはずなのに、今ごろになってそんな事に気がついてしまった。
そしてこれらの作品の水面下に流れているのは人間とは何かという、後のフィルさんの作品の重大なテーマが、最初期の作品にもしっかりと流れている。何が人間で、何が機械(アンドロイド)を分けるのか? 人間の姿をしているから人間じゃない。人間らしい行動をするから人間になるのだ。見た目じゃない。
まあそんな小難しいことを語るよりも、とにかくこの短編集を手に取って読んでもらいたい。フィルさんの描く悪夢の世界に引きずり込まれ、しばし現実から逃避できることまちがいなし。
いや悪夢から目を覚ませば、現実は更なる悪夢ではありませんように。
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